1991年9月に私が提唱した「ネイチャーインタフェイス」の概念が「技術と経済」に発表ざれて以来の活動の年表を以下に示します(図8)。
1998年発足の東京大学ネイチャーインタフェイスラボラトリーでは多くの自然科学者、医者、教育者、工学者が一緒になって、万物の発信する情報をセンサーで検知する研究をはじめました。
1999年2月に出た米国大統領向け最終報告「21世紀に向けた情報技術:アメリカの将来の大胆な投資」(大統領直属諮問委員会PITACまとめ)によると、インターネットの第二段階では数十億台あるいは数兆台のデバイスを接続するようになり、コンピュータはセンサーや無線モデム、GPS位置情報端末などで「現実世界」とやりとりできるようになり、ざらにこれらが単一チップのサイズに縮小され日常使われる物の中に埋め込まれるため、ユーザーはその存在に気が付かないとしています。
私が1991年から主張してきた「ネイチャーインタフェイス」の概念がついに現実のものとなるべく、米国においても真剣な対応がはじまったのです。米国はまた「21世紀情報技術戦略」の研究開発として2000年10月からの会計年度で前年の36%増の2268億ドルを計上しました。
日本でも2000年3月に電気通信技術審議会が郵政大臣に答申した「情報通信研究開発基本計画」において、「ネイチャーインタフェイス」を今後国が取り組むべき重点研究開発プロジェクトの一つとして提示し、今後10年間に100億円の資金を投入する必要性があり、政府が70億円を負担するべきであると述べています。そして当面は2000年度からスーパーインターネットプロジェクトのもとで、わずかながらネイチャーインタフェイス研究のサポートが始まりました。
2001年1月には本誌「ネイチャーインタフェイス」を創刊しました。さらに、環境プランナー育成と環境フランニング学会をスタートさせました。2004年には、経済産業省傘下の情報処理機構(IPA)の公募で、 NTT等とともに2.5億円の研究資金を獲得し、「ウェアラブルセンサを用いた健康情報システム」の研究を進めました。
これらの成果がIEEE Sensors 2007年における基調講演者としての招待につながり、2008年のヒューマンレコーダー株式会社設立につながりました。