イギリスの自然哲学者、ロバート・フック(Robert Hooke、1635年~1703年)は「見るということに対して眼鏡が出てきたように、視覚、嗅覚、味覚そして触覚といった感覚に対する技術開発(製品開発)も今後行われていくであろう」と1665年に発言している。
それから300年経った1960年に、オーストリア生まれの医学者、マンフレッド(Manfred Clynes、1925年~)は「サイボーグ」(Cyborg)という言葉を使った。この言葉は技術的なアタッチメントをつけた人間(cybernetic organism)という意味で使われた。
カナダ出身の英文学者、マーシャル・マクルーハン(Marshall McLuhan、1911年~1981年)はメディアを「何かを気づかせる」(make-aware agents)ではなく、むしろ「何かを起こす」(makehappen agents)と見ていた。彼にとってメディアとは、私たちの身体、精神、存在そのもののあらゆる「拡張」(extension)を意味するものであるとし、「自転車や自動車は人間の足の拡張であり、服は皮膚の拡張であり、住居は体温機能メカニズムの拡張であり、コンピュータは私たちの中枢組織の拡張である」と定義した( W.ゴードン著、宮沢訳、『マクルーハン』、筑摩書房、2004 年)。
万物からの情報をシームレスに交流
板生は1991 年「ネイチャーインタフェイスの世界」の到来を提唱した。そこでは、人間、人工物、自然の3項のインタフェイス(界面)を限りなく低くして、上記3大情報源からの発信情報、すなわち万物からの情報をシームレスに交流する調和的世界を目指した。
これはウェアラブルセンサネットの技術によって実現される世界である。さらに環境センサネットワークサービスや、健康支援サービスなど、環境センサ、医療機器などの各種センサからの情報をもとにクラウド・コンピューティング技術と組み合わされ、いままで周辺機器への一方通行だった情報が、逆にモバイルのセンサから情報ネットへと流入し、あらたなサービスが展開される。これによってイノベーションの対象は図1 のように健康、快適、環境、安全安心、強靭なコミュニティへと進む。
パーソナルサービスを実現できる時代
モバイルサービスは、固定された装置でセンシングした情報をユーザのもつ携帯電話、とくにスマートフォンへと情報を発信し
たり、周辺機器を制御したりするサービスから進化して、センサがスマートフォン自体を介して情報をクラウドに送り、ユーザにサービスを提供する新たなサービスが生まれる時代に入ってきた。
すなわち、センサ自体もマイクロ化することによってモビリティをもつことが可能となり、万物からの情報発信とクラウドを通しての情報受信を同一のスマートフォンで行うことも可能となり、ユーザに個別適合されたパーソナルサービスが、実現できる時代がやってきたのである。
図2 はIEEE 2008 Sensors に板生が発表したヒューマンレコーダシステムの構成である。人間の情報のセンシングからプロセッシング、さらにアクチュエーションへと進むマイクロシステム技術を示している。この例のように心電センサによって心拍変動を計ることにより、自律神経系の状態を把握でき、この情報に基づいてさまざまなアクチュエーションを行い、多種多様なサービス提供が可能となる。
ここで強調したいのはセンシング、プロセッシング、アクションによるクローズドループこそが重要である。
さらにはアクションの中では五感に訴えるものとして、ウェアラブル冷暖房デバイスこそ、今後の地球環境の変化と省エネルギー化に不可欠な技術である。
心地よさなどの物理空間の持ち歩きする
人間が存在する空間が「屋外」→「屋内」→「自動車」→「服」となるに従って、個人のニーズとのマッチングが強く求められる。究極のウェアラブルは、かくして服とともにある。ここでは人間のバイタルサイン(生体情報)に基づく暖かい、寒いなどの心地よさを含めて物理空間の持ち歩きまでがウェアラブルの範囲となる。
今後の情報社会は、インフラの整備は進んでいく。しかし、究極は個々人のニーズにきめ細かく合わせるためのパーソナルサービスが必要不可欠である。このときウェアラブルコンピュータはさらに情報だけではなく、環境をも持ち歩くウェアラブル
マシンに進化するであろう。
このためには生命活動の維持に必要な恒常性(ホメオスタシス)と、高い覚醒度が保たれた状態によって表出される脳の認知機能の研究によって、快適・省エネを実現するヒューマンファクターの研究が重要である。
このような快適性は個々の人に適合して身体を直接冷暖房する手段でこそ実現できる可能性が大であり、そのうえ従来の執務室全体の温湿度を制御する大消費電力の空調システムの稼働率を大幅に低減することが可能となる。
これまで豊富な電力で実現されていた快適環境が崩壊し、それにともなう熱中症あるいは低体温症などの健康危機、および労働生産性低下などの問題が興り、これに対する解決策が求められている。その有力な一つが「快適・省エネヒューマンファクターの研究」である(図3)
さらに環境ウェアラブル技術の主要技術であるウェアラブル局所冷暖房技術が進んでいくならば、多くの範囲にその影響が及ぶものと考えられる。すなわち、図4 に示すように、家電製品レベルの酷暑環境での作業能率向上機器、家庭や事務所での省エネ機器や健康増進機器、さらには医療機器としての局所冷暖房応用など、さまざまな用途への実用化が待たれている。これを板生は「ウェアコンの世界」と命名し、環境ウェアラブルの典型例と位置づけた。